昭和五十六年十一月九日 朝の御理解
御理解第六十八節
神参りをするに両が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬその辛抱こそ身に徳を受ける修行じゃ如何に難有さうに心経や大祓を上げても心に真がなければ神に虚言をいふも同然じゃ拍手も無理に大きな音をさせるには及ばぬ小さい音でも神には聞こえる拝むにも大声をしたり節をつけたりせぬでも人にものを云う通りに拝め
一言に信心をというてもその見極めがついて人間が助かっていける事の為の救いの宗教であるという見極めがついた所からの信心辛抱じゃならなにあでけん。いろいろあります。本当にさまざまです。大宗教と云われるその宗教があながちそれが本当であるとか立派であるとかいう事には限りません。そこに見極めをつけるという事がまず第一です。ねだから見極めをつけてからの雨が降るから風が吹くからえらいと思うてはならぬその辛抱こそ身に徳をうける修業と、これが〇〇宗とか〇〇教になら御神縁をまあ頂いたとして、そしてならただ一心不乱に信心を頂いたと、というてもそれはねやはりおかげを受けるに致しましてもね真のお徳にはなっていかないと。それをね皆さんが例えば金光教の信心を合楽の信心いわゆる理念に基づいて極めていけば行くほどにねもう人間が助かっていくという事本当の幸せになって行く事の為の信心は、もうこれに極まったと、天地の親神様が教祖金光大神にもう本当に天地金乃神様のお心のすべてを吐露なさった。打ち明けなさった。そして神々の身のまにまに金光教がだんだんおかげを頂いて来て今日百年というまあ長い時間というか、また短いというてもいいでしょうね、数千年の歴史を持っておる宗教から云えばまだ本当にまあ出来たばかりの所かも分かりません。けれども願われる所は人間世界総氏子身の上安全、世界の真の平和と三代金光様はお祈りなられたと云う事でございますけれどもそれこそあのう世界を包みまわすともねまあ合楽ではいよいよ和賀心時代をね世界万国津々浦々にとまあ願ふ。ね 昨日は宮崎支部のもう五年に五周年の記念のお祭りを、私前日から参っておりました。で昨日のお祭りにあわせて頂いたんですけれども、宮崎の方は前日までおしめりであったそうです。それが私共が行く頃からお天気が上がりまして夕方になりましたが、そして一日明けた昨日はもう本当に晴天に恵まれて、ちょっとやっぱ驚きでしたですね。とにかくまあ福岡久留米にもなかろうというような大きないわゆる国際ホテルですから。大きな、そこの百五十畳でしょうかねの大きな広間がいっぱいになったのですから。はじめの間はまあ百四、五十名くらいじゃないだろうかと、それでもひょっとする があるかもしれんと云うような事だったそうですけれどもどうして、三百二十名お弁当が出たそうです。もうとにかく驚きですね。本当に合楽の御比礼をそこにみたような感じが致しました。それでもどっかに合楽の御比礼がどうの力がどうのというてもです、それを受けて立つ人達ですよね問題は。いわゆる支部長を始め延岡高鍋の分会長達が芯になって、そして幹部の方達がもうこの記念祭を仕えるためには一生懸命のそれぞれの精進がなされておる。もう本当にまあ神様のお働きをまともに受けたら本当にどのような事でもできると思わずにはおれないようなお祭りでございましたが、もうとにかく金光教は合楽理念をもってする他はない。ね、宮崎のいわゆる先ずは金光教ですね。の金光教ももう皆合楽理念に基づいての、金光教にならなけりあいかんといったような一つのまあ間違いのない思い込みです。ねその思い込みが一生懸命に云うならば合楽の宣伝というでしょうかね、合楽の信心の間違いない事をもう説いてまわられる。はあそんならいっちょ参ってもみたいけれどもね、なんというても遠いからと云ったような方たちが、日頃云うならばお話をしてあった人たちがなら合楽の親先生がこちらに見えるという事は又とない事だろうから、お参りしようと、しかもあの、たくさんの人たちがほとんど正装でしたね、はい、これにもちょっと驚きました。もう小道具類まで出来て、お説教台ならお説教台というようなね。
まあ神様の働きは大変なことだと思いますが、その大変な神様の働きとそれを受けて立つ宮崎支部の方達の熱意だと思いますね。その事を私は今日はお礼を申させて頂い取りましたら、市川染五郎といただいたんです。これは高麗屋というですかね野合は、いわゆる幸四郎の幸四郎を受け継ぐ人が必ず一ぺんは染五郎を襲名します。そして幸四郎という事になる。松本幸四郎ですね。ねこれは私の信心、私の信心という寄りも教祖様の信心が、それこそお道の信心によって世界を包みまわすと仰せられたという事ですが、その教祖の神様のお心を体して、なら合楽教会ではです。和賀心時代を世界に、それも合楽理念をもってね世界万国津々浦々にその助かりの場を頂いていこう。それを本気で祈り願っておると云う事だと思いますよ。市川染五郎という事は、ね一つの川を一つの色にしてしまおうという働きなんですね。これは私にいわせると、もうあらゆる宗教が金光教の天地書付に帰依しなければと云う程しのものです。こちらもちっとばかりお世話になり行こうと云ったようなものじゃないです。これは人間が本当に助かる事の為にね、人間世界が本当のおかげの頂ける為には金光教をもってする他はないその金光教も合楽理念をもってするほかはなしと確信するという事、そこにそして祈りをおくという事。私は宮崎の御信者さん方の場合ですねやっぱ市川染五郎。もうとにかく合楽理念でおし包み回そうと宮崎中のお道の信者さんにも合楽の事を徹底して分かって頂こうと、先達てから高鍋の分会長であります、古屋公江先生があちらの方へ学校の方の用件で行かれて本部に寄られて、本部の要職の方達と面会されて女ながらもね、そして堂々と合楽の間違いのない立派な信心である事を分からす、認めさせようというお話じゃったと思うですけどもね話して来とられる。それが分かったか分からないは別として、もうとにかく現代の金光教はもう合楽理念をもって新たな、云うなら勢いを頂いていく以外にない。
今までの金光教では、そりあ立派な事を云うて居っても実際はならすそ細りになっておるのが現状なんだ。ここになら合楽の御比麗を見て下さい。そして合楽の教えをまあ研究してみて下さいという手まあ話に本部教の方に寄られたという事です。そういう一つの絶対のものを合楽に傾倒しておられるとにかく合楽理念で宮崎中を包もうという、そういう市川染五郎です。一つの色に染めぬこうというようなですね私は精神がその中に貫かれておって初めてああ言う御大祭が頂けたと思うですね。今日私が頂きまして改めてそれを思いました。もちろんこりぁ私の祈りでもあり願いでもあるのです。 ねただ唱え言葉に唱えておるのではない。総代さん方が毎朝、ここでお届けをされるのもです。いわゆる和賀心時代を世界万国津々浦々にという事は、しかもその手がかりを願い足掛かりを願ってね、許されるならばどういう云うならば世界の僻地であろうがね、お役に立ちたいというならここで修行し取る先生方の願いというものはそこにあるのです。願いが本当な所へしかもそれを、その大きな祈り大きな願いとしておるところにですね私は合楽の信心があると思う。いかにまた合楽の信心が比礼だというてもです。それを受けて立つ人達が、それを信じ思い込んで市川染五郎ですね、とにかく宮崎中を合楽理念で押し包まにあおかんと云ったようなものがです、また間違いないという事をです、確信してそういういならば日々合楽示現活動に参画しておられると云う事がね、昨日のあの御大祭をあの御比礼を打ち立てる事ができたというふうに思います。
ね雨が降るから風が吹くから、えらい大儀と思うちゃならん。その辛抱こそ身に徳を受ける修行じゃと、それがどうでしょう、これが何々様であったり、何々教であったら、どんなに打ち込んでもどういう事になるでしょうか。なら合楽が間違いがないからというて打ち込んでもです。その祈るところ、願うところがただおかげ頂きたいばっかりただただ私一身私一家の事だけと云ったような小さい祈りではもったいない、それがその周辺にいよいよ広がりに広がっていけるような、おそらく宮崎の五年という節が、私が五年前にまあ、この菊栄会の方たちが研修旅行を致します。まあそれに、合楽から親先生が見えるからというのであのう発会したのが五年前でした。これも何とかというかなり大きなホテルの一室でね、本当に簡単、まあ後の御直念はまあ大変なものでした。もういうなら大宴会でしたけれども、それでもやっぱり、どうでしょうかね、四、五十人集まったでしょうかね、あん時きあねそれが昨日のあの盛をみているんです、いわゆる五年というやまあ一節ですから、この節から又新たな節なら云うならば合楽の比礼というものがそこからが、そこから枝が節を境に又栄える働きともまあなってくる事でしょう。それをだんだんいよいよ大きくしていこうというところに、合楽の願い合楽の祈りがあるのですから、お互いの信心も合楽が間違いないとまず信じられたらです、それをいよいよ自分のものにしていくという事と同時に、その祈りがいよいよ大きく広く展開されていかなければならないというふうに思うです。私は今日は、ならせっかく雨が降から風が吹く空というならそういう所も辛抱し抜いていくという手も、焦点が町が伝居る本当の事ではなかったとするならばですね、昨日私あすこでお話をした事でしたけれども、ちょうど太平洋にこう面した大きなホテルですからちょうど六時過ぎに太陽がこのまあいわゆる海の彼方からこう上がる。それがきれいだというので、ちょうど私それをその時間を待って拝ましてもらいました。ちょうど六時四十五分にこう日が上がって行く様子を見せて頂いたんですね、本当に分からない人は、ね太陽は太平洋の向うから上がるというに違いありません。山国の人は山と山の間から太陽は上がるというに違いはありません。私どもは に居りました時にあの満鉄で北京に向かう途中のあの満州のもうそれこそ広漠としたというでしょうかね、もうとにかくどこまで走っても走ってもこうりゃん畑の満州の荒野ですよね。それでその夕日がこう沈む時の美しさてすばらしい。夕日は、いうならこうりゃん畑の向うの方に沈むというふうに思い込んでおる人があるかもしれません。ねお互いがです。云うならば信心をさして頂いてこれが本当だと、だから本当だというならば私は云うならば天地がそのバックであるとかね云うようなですね、何かそこに一つの見極めをねなら合楽に御神縁を頂かれても、合楽の親先生の云う事はなかなか大きな事をいうけれども、けれどもそれがねやっぱり本当だというふうにです、見極めを先ずつけてくださったらです、まずつける事が大事。そして先ずはなら間違いのない働きをまあ受ける事が大事。ねそこに見極めがついたらその思いを祈りをいよいよ大きく、それこそ雨が降ろうが風が吹こうがその辛抱こそ真の徳を受ける事の為の辛抱として受けていかなければならんというふうに思います。
皆さんどうでしょうか、みなさんのもし皆さんの周辺を市川染五郎、一つの色に染めぬかせて頂くというくらいの熱意、熱願がね、いるんじゃないでしょうか。ね自分の周辺をいよいよ合楽一色に塗りつぶしていこうという位な大きな願い、それも絶対だ間違いないと確信ができたらですね、そういう祈りに育だって祈りができる信心に育っていかなければ、あいすまん事であり、自分自身もまた力を行けていくというてもね、ただ小さい祈りからいよいよ大きな祈りにお育てを頂けるような信心にお育て頂かならんと思わせてもらいます。昨日のお祭りを拝まれた方達はまあ私が申しませんでも、もう本当に驚かれたたであろうと思うです。本当に信心の喜びと信心の驚きです。それを本当に実感いたしました。ね神様はそれを市川染五郎と云うようにまあ表現してくださいましした。ね私共の周辺にも、いよいよそういうね合楽一色に広げていこうとする本当の助かりはもう本当に合楽理念をもってする他はなしというふうにここでは申します。そこの所の信心の確信と同時に確立がね願われる時じゃないでしょうか。 どうぞ